き ん の あ め



私が七つの歳の頃、それはとても寒い秋でした。
いがを拾い集めた庭先に、その人は立っていました。
背丈は私より高く、耳元で切った髪の一房は、色素薄く金色で。
欲しいのかいと訊かれるままに、こくりこくんと頷くと、
腕の篭から一つ、また一つ。
背中に父の声掛かり、返った目を戻せば姿なく。
けれどある日には縁側に、紅葉や綺麗な石が並べ置かれているのを、見付けるにつけ、宝箱にしまい込み、また並び置かれては、しまい込み。

両親が出掛けたその朝は、雪降り終えたばかり、積もり積もった白の地表。
跳ね返る光に目が眩む、そこにも彼は現れ、小枝で庭に絵を書き散らしては遊ぶ中、ぼくの字はこうだよ、と。幼い私は十分に学んでおらず、その曲がり形を音で覚え、それを口にもしていたのだけれど、風(ふう)に雷(らい)に、ぴたり家を閉じれば気配も失せ、しまい込んだのを元あったように並び替えしてみては、たえて変わらず、しまい込み、そうして忘れ。


打掛に包んだ身を陽に晒す。暖かい。
涙を堪える風の父と、堪えきれない母と。
隣には私を幸せにすると約束してくれた、優しい、優しいお方。
麗らかな晴の日に、これ以上何を望みましょう。

さぁと促され、爪先だけの歩の進めに、ぽつり肩を打った一雫。
間の悪い、にわかにも程があると、引き戻される戸口に見た、その雨。
陽を浴び輝き、音もなく全てを拭う。

―ぼくの字はこうだよ。

寝転がり、共に読んだご本の中に、白無垢姿の花嫁さまが。
いつかいつか私もと、思い出しました私(わたくし)は。あの人に話しました憧れを。
時折咳き込むようにして聞いていた、困ったように笑んだその顔も。

あれこれはと声が上がり、見れば、雪と見紛う白い花。
「テンコ、」
唇に滑らすと同時に消えてゆく。柔らかな金色の雨。





―『天狐』―



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あとがき
陽に光る雨が好きです。ずっとそこで立ち止まっていたいような。白花は白木蓮をイメージしました。テーマを雪にしなかったのは、それだと、ほら、緑の×××。たえて変わらず→いっこうに変わらず。ここでは増えも減りもしない、という意味で使用しています。

もうすぐ春なんですね。