ままごとです。-26-



日曜日。天気は良好。湿度・日差し、共に昨年月平均並み。
『遊園地に行きたい』と言い出したのはくりぼうだった。フレイが帰宅して一週間ほどした頃。唐揚げをおかずにつついていた夕飯時に、それは突然提示された。
「ふれいとラズ、週末は仕事ない?」
青年二人は目をかち合わせ、くりぼうの席に向かって頷いた。子供はリンゴの頬をして、「あのね、」とはにかんだ。


ラッパとホルンと打楽器の楽団が列をなし、足踏み揃えて通り過ぎていった。サーカス風のメイクの少女が、手に下げた籠からピンクの花吹雪をまき散らし、弾けるばかりの笑顔を振りまいた。等身大のでかいクマとウサギの着ぐるみが、来場者に手を振って少女の後に続く。分厚いフェルト地の手の中には風船の紐の束。兄弟だと思ったのか、並んだくりぼうと透に一つずつ渡していった。
どこを歩いても親子かデート中の二人連れ、鬱憤を晴らすかのように騒ぐ子供達で大賑わいだ。
人の群れの間を縫って、フレイがコーラの入った紙コップを両手に現れた。
「やあやあ、すごい混雑!」
二人で一個ね、と透に一つ渡し、休憩テーブルのパラソルの下に避難する。サンキュ、と受け取った方は、入場口をくぐって二時間ですでに疲れていた。
ストローで一気にズズーッと飲み含んで、紙コップをラズに渡す。コーラとラズ、の組み合わせはあまり合わないようが気もするが、ラズは普通に、カラカラと氷を掻き回して飲んだ。
「はい、券追加。二十枚綴りですよー」
「ジェットサンダーに、タクラマカン、たこたこ回遊、…俺、目が回りそう」
フレイとくりぼうに手を引かれ、嫌々ながら攻略させられた乗り物を、透は指を折って数える。飛んだり跳ねたり高速で駆け上がったり、大体タクラマカンて何だ。名前全然関係ないじゃんか。
フレイが、弱みを見付けたとばかりににんまりとした。
「透は動くの苦手っぽいねぇ。そういうの『お年寄り』って言うんだよ」
「そりゃラズに言えよ」
「残念。スピード系は半分くらい僕と一緒に攻略してるよ。叫び声一つ上げないってのは、凄い」
「ラズ、すごいの?」
と、くりぼう。
「うん、すごいすごい」
ラズの顔色が普段より白いと思うのは気のせいだろうか。話し下手なのは分かるが、このままじゃ三途の川を見ることになるぞ。ポーカーフェイスのラズが紙コップをなかなか手放さないのが、少し面白かった。
「お前はどうなんだ。身長制限引っかからないのあったか?」
透はわざと禁句を口にした。ここにある三つのジェットコースターが、全て大人向けであるのを把握済みで言っている。くりぼうに乗れるコースターものは「とろとろトロッコ」ぐらい。見た目、時速40キロ。回転もないし高度もそれほどないから、落ちても死なない。まさにお子様向けにうってつけの、心臓に優しい乗り物だ。
そんなん乗らないよーだ、とくりぼうはあかんべをした。
「僕はあれ!」
指した方角では、高さ50メートルほどに吊された何個もの椅子が、軸を中心に回り続けている。バイキングほどの派手さはないが、眺めは良さそうだ。へーっと透が見上げた。フレイが閉園までの時間を気にして訊ねると、ラズが携帯を取り出すより前に、じゃらりと音が鳴った。くりぼうが両手で包み込むように、懐中時計を手にしていた。
「電池入れたらね、ちゃんと動いたよ」
「それいいねー、誰の」
「ラズの。掃除してたら―あ、いや、ラズがあげたんだったな」
それは大人用の製品ではなかったが、くりぼうの手の中でしっかり秒針を刻んでいた。電車の時間を考えたら、遊べるのはあと二時間弱程度といったところか。
「透、行こう」
テーブルに突っ伏している少年を、くりぼうは無理矢理立たせて引きずった。
「回る系は勘弁。ほんと、次乗ったら吐く」
「透は乗り物酔いしやすいから、あんまり無茶させちゃ駄目だよ」
「うん、分かった!これ持っててくれる」
赤と青の風船をフレイに渡して走っていった。
あの調子じゃ多分分かってないだろうな、と残された二人は透にささやかなエールを送るのだった。
ラズは丁度紙コップの中身を空にしたところで、ストローで溶けかけの氷を掻き回している。一人遊びなんだろうか。逆バンジーに乗っても周囲の悲鳴に晒されながら始終無言だったのは、遊び慣れしていないためであるだろうが、ある意味絶叫マシーンそれ自体より恐ろしいものを見た。そんな思いがフレイの顔に出ていたのか、ラズは手を止める。
「何だ」
「べっつにー」
白黒を基調にしたパラソルの休憩所は、待ち合わせに都合のよい場所らしい。売店も券売機も近くにあるため、人の往来は多い。乗り物が目当てでなくても、夕方から夜にかけての雰囲気を好んでやって来るというのもあるのだろう。僕等は傍目には、インターナショナルな友人同士にでも見えるのかもしれない。そう思うと、何だかおかしかった。散歩でもしようか、とフレイは言った。



両腕をうんと伸ばして掴もうとした空は、物憂げでも寂しげでもなく、ひたすらに冴え渡っていた。園内はそこら中騒がしく、ここで何を話したとして耳をそばだてる者はいない。
噴き出す水は円の中心から八方に弧を描き、浅く張った水面を打った。幼児がそれに触れようと体をかたむけると、危ないと判断した母親が子供を掬い取って肩に抱き、水辺から離れていった。円の周はかなり広い。きゃあきゃあとふざけ合う声も、水の音に掻き消される。フレイは縁に足をかけて立った。手に持った紐の先で、ふわりふわらと浮く二つの風船。ラズは身を屈めて水に手を浸す。熱を含んだ空気からしばし開放され、喧噪も心なし遠くにあるように聞こえる。
「みんなで遠出するのは久しぶりだね。電車は少し心配だったけど」
ホームにくりぼうを立たせる、ということは彼に心臓をえぐり出せと言うのと同じことだったから。足が凍り付く真冬にも母親を迎えに行っていた、とは、里親となっている香鳴の話を通して知ったことだった。
ポーチを肩に掛けて、特急を待っていた今朝のくりぼうは、そんな過去があったことさえ忘れさせるような、とても明るい顔をしていた。早く早くって、自分が一番乗りしたほどだ。
「…みつからなきゃいいのにな」
ラズにも届かないほどの、ぽつりと零した独り言。自分の希望。だから、この話はこれで終わりにする。
「透は大丈夫かなー」
「今頃目を渦にしているんじゃないのか」
「あれはあれで、世話好きだからねぇ」
「…お前、何を考えている」
「んー?」
それはこっちが聞きたいんだけどなぁ、とフレイは思う。そっちの方がずっと分かりにくいくせに、要点だけ述べるのは如何な物か。
つくづくこの激鈍象は、物事をオブラートに包むということを知らない。人の懺悔など聞いても面白くもないだろうに―もう、懺悔ですらなくなったけれど。
「別に。今日の夕飯とか明日の朝ごはんとか、色々考えてるよ」
「フレイ」
「君は狡い」
普段は若干目線を上にしなければならないけど、今は台の高さの分、自分の方が緩やかに彼の顔を見下ろせる。八つ当たりだなんてのは百も承知だった。だが、言い放った台詞は止められない。
「君さえいなければ、あの時全部終われたんだ。君は今だって勝手をして、自分のことは何にも言わないのに、僕だけにそれを言わせるの」
胸の辺りがざわざわする。虫だ、虫がいるんだ。テーブルの林檎を食い尽くして籠を食い破って、際限なく増えて落ちて、足の指から這い上がって。
「あの時あれを」
(気持ち悪い)
「振り下ろせていたら」
(こんな感情は、とても気持ちが悪い)

そうだ楽になれた。

黒一色に落ちていった風景が、もの凄い速さで弧を描いた。全速力で坂を転げ落ちていく感覚に襲われ、目眩を覚える。背中に強い衝撃を感じたのと、それから一寸遅れて世界を弾いた激しい水音。それは何かの合図のように、フレイの見る景色を瞬時に変えた。全身を貪り尽くすであったろう害虫は一匹とておらず、見えるのは水面の飛沫。ベビーカーを押す夫婦。うねるコースターの走路。それから頭上高く高く、飛んでいく赤と青。繋ぎ止めていた紐が、手の平から消えていた。
噴水の縁から地面に移動している自分の靴を、惚けた顔で見つめて振り返った。
「…ラズ?」
ぴちゃりと水打つ。ラズは―不服そうな目をしていた。
「…もしかして…」
こんな時に。
「僕、足を滑らした?」
「―」
「あ、ゴメン。大丈夫?」
立ち上がらせようと手を伸ばしかけ、フレイは立ち止まった。噴水の周囲で涼んでいた鳩が、こちらを向いている。何処にでもいるんだなと思った。画伯がいたあの公園にも、同じように鳩がいたな、と。何を描いてるのって僕が聞いて、そしたら彼は。
『日当たりのいい場所を探してた』        ―と。


『何でもいい、描きたくなったら描きなさい』

『描きたい物なんてないよ、絵なんて嫌い、大嫌いだ』

『でも君は思い出したいのではないのかね。君だけが知っている、君だけの場所を』




見たいものなんて一つで良かった。迷いなんていらなかった。
―なんでかなぁ―、ラズ。これは君が欲しかったものだったのに。
(なんなのかなぁ…)
ほんとうに、なんなんだろう。泣き出したい衝動に駆られて仕方がない。
「―ラズ」
水面が揺れる。
「二度目が来たよ」


* * *

回る系は御免だと言っておきながら、実際券を使用した乗り物は、しっかり回っている。あまりに動きに乏しくて、回転しているのかどうか感じとるのは難しいが。引きずられていった先の空中ブランコは、結局ピースして見せるくりぼうを見上げるに終わった。一体どんな体力なんだか、奴はこの遊園地で果てる勢いだ。そんなに遊びたかったのだろうか。
絶景かなと窓から外を見渡すくりぼうの話に、疲れた頭で「うん、うん」と返す。メリーゴーランドと観覧車。子供向け・恋人向けのこの二つは透にとって完全に守備範囲外だ。ただ、くりぼうの行動力に追いつけない透は、いかにして楽をして時間を潰すかに考えを集中させていた。全遊具の特徴、スピード、消費する券の枚数エトセトラ。条件を兼ね備え、かつ満足度を平均的数字で表し、一番妥当だったのがこれ、すなわち大観覧車。透の満足とは、体を動かさないという一点に尽きる。
「透、体力なさすぎー」
くりぼうは言うが、それは違う。遊園地で六つも乗れば充分だと、透は思っている。
窓から見た風景は道路も山も通り越して、ミニチュアの置物を見ているようだ。上空の青が近い。でも、それでも届くことはない。頂点に辿り着いてほんの少し久遠の袖に爪をかけ、バイバイと元居た地点に降りていくぐらいなら、最初から地に足付けている方が時間の無駄がなくていいではないか、とは結果論なんだろうか。くりぼうにそれを言うと、「でもそれじゃ、すごいなーとかきれいだなーとか思わないでしょう」と当たり前みたく返された。
「透は思わないの。ゴジラみたいにビル群足の裏で踏みつぶしたら気持ちいいだろうなーって僕は思うよ」
そりゃあ、さぞすっきりするだろうな。ビルが空なのを祈ろう。
足下が浮つく感覚には何も思わない。この乗り物に対して、敢えて一つ述べるとしたなら、
「…いつまでかな、っては思う」
地面から離れていく高揚感が、一番高いところを境にしてどんどん消えてなくなっていって、下に見える遊具や人の姿が段々と大きくなるに連れて、あぁ終わっちゃったって、そんな気分になるのが鬱で。いつまで夢を見てられるのか、回転している経過を楽しめばいいのに、先のことばかり考えてしまう。
思考が奪われていたのを、くりぼうがじっと見ているのに気付いて、窓に寄せていた胴体を起こした。
「悪ぃ。ちょっと考え事してた。外はどうだ、面白いの何か見えたか」
くりぼうは「うん」と頷いたが、はしゃいで外をまた眺めることはしなかった。ちょっと笑って、笑いきれないのを口元の端を無理に上げて誤魔化している。明らかに不自然だった。
「あのね、透。一個だけ聞いてもいい…?」
「あ?何?」
聞かないって言えばよかった。くりぼうは、透が欠片ほども予想していないことを振ってきた。
「僕は治ったんだよね。昔みたいにママを呼んで、喚いたりしてないよね」
その言い方には、どこか切羽詰まったものが含まれていた。でも答え方が分からない。くりぼうが母親を呼ばなくなったのは事実だ。だけどラズは?お前はママのことは呼ばなくなったけれど、次はラズを呼ぶんだって、俺はそう言うのか?言えばくりぼうは努力する。きっとする。寄り掛からないように、甘えないように、枷になるのは嫌だから。
少年というにも幼いこのチビの、こんなにも真剣な顔を今まで見た事がない。両拳を膝において、覚悟の二文字を唇に結んでいる。「てんかん」なんて言葉、こいつは知らない。くりぼうの場合、発作に陥った時の痙攣は小さいものの、局所的に記憶を失うという特徴がある。医師と相談し、ラズは彼が一定の年齢に達すまでは事実を話さないと決めた。くりぼうが「治った」と思うのは、母親に捨てられた現実から身を守る自己防衛である可能性が強く、外界からそれを無理に覆せば、修復能力以上の負荷を精神に与えかねないからだ。
何か言わねばと小さく口を開きかけた矢先、フレイの話が脳裏を貫いた。

―飛び出していった雛鳥は、見付けない方がいいのかもしれない。

切り取られた一場面を思い出した透は、出すべき言葉を失った。だから―。だからもし雛鳥が、誰の助けも借りずにちゃんと飛べるようになったなら、あいつは、ラズは、いつ行ったっていいのだ。
母親だというその人が、まさか命を奪うわけないと、理性で押さえ込んではみる。だがそれでもひょうきん顔のフレイが持っていたナイフは血に染まっていて、彼等の事なんて所詮その程度にしか知らないという事実に直面せざるを得ない。
「透」
覗き込んでくる、打算のない瞳。冗談じゃはぐらかせない。もしかしたら、これを聞きたいがために自分の手を引っ張ったのではないだろうか。それほどに、くりぼうの聞く姿勢は固く、曲げられない。
「…呼んでないよ」
「本当?本当の本当に?」
同じことを三度も言われたが、答えは変えなかった。それでやっとくりぼうは安心して、青い靴を履いた足を揺すった。
「ちょっと気になったの。ゴメンね、変な事聞いた。今日晴れてくれて、僕すごく嬉しいんだ。みんなで遊ぶって最近ないなーと思ったら、なんかすごいどっか行きたくなった。てるてるぼうず役にたったでしょう?」
あぁ、だからか。透は曖昧に笑い返した。嘘つきめ、と声に出さずに自分を罵しりながら。二人のうち、どちらを選んだというのでもない。我が身可愛さから出た返答だと知りながら、くりぼうの泣き顔も、ラズの後ろ姿も見たくなかった。



人の話し声が残響し、イベントで放たれたらしい沢山の風船が上へ上へと昇っていった。
『皆様、盛大な拍手をお願いします』
マイクを通した女性の声が、スピーカー越しにここまで聞こえてきた。涼しげな水音の鳴る憩いの場所。周囲には暇潰しの談笑をしているようにしか見えない。
フレイは、本当にどうしようもなくなった、という困った顔をしていた。切り出し方を思案はするが、何も言えずにまた考え込み、ついにはそんな自分にも愛想が尽き、ラズ、と修正無用の呼び名からとりあえず始めた。
「僕達は対照的だった。君は殺されたがっていて、僕は殺したいと思う方。殺されたがる君を僕が止め、殺したい僕を君が止める。だけど僕は、その時が来たなら、例え君が阻止してもやるつもりだった。そうしなければ、国を出てきた意味が無くなるから。姉さんの墓に誓ったから。だから彼女を裏切ったあいつを、この手で葬り去れたなら、それで満足出来る―そのはずだったんだ」
何であいつが目の前に現れた時、有無を言わさず絞め殺してしまえなかったんだろう。一度目の時なんて、刺し違える覚悟があったじゃないか。ナイフを振り下ろす事だけ考えていたではないか。―そんな単純な話を、今更どう変えようというのだ。
「殺すのか」
ここは遊園地なんだよ。ラズってば、分かってないね。
「うん」
フレイはこれ以上ないくらい、場に相応しい口調で返した。次はあれに乗ろうかと誘われているでもみたいに軽く。そうでもしなければこのお天気日和に、一つだけ飛びきれなくて萎んでしまった風船と同じになってしまう。
速攻で小言を開始すると思われたラズは、すぐには表情を変えなかった。言われたことに、焦る素振りもなかった。
「フレイ」
「なに」
「一つ言い忘れていたことがある」
ラズは水中から立ち上がった。フレイが手を伸ばしてラズの手を取る様子は、傍目から見たら水に落ちた友人を助ける、微笑ましいワンシーンに映るかも知れない。内容と外見のギャップにさえ気付かなければの話だが。
「水も滴るなんとやら」
フレイは小さく口笛を吹く。ラズの前髪に掛かった滴が、地面を濡らし、あっと言う間に水溜まりを作った。
「ナイフを見付けた」
「…そっか」
探し物が苦手なラズにしては上出来だ。辞書タイプのケースを隠れ蓑にしていたのだが、見破られてしまったようだ。張り付けていた中のテープが緩んでたのかな、と思ってみる。スペースは元々決まっているのだから、探す場所も限られてくるとは言える。
「じゃあ、もう捨てちゃった?」
ラズはフレイの肩越しに視線を移した。木製の走路を駆け下りる悲鳴と、悠々とそびえる大観覧車がその先にある。
「捨ててはいない。だが、俺は持っていない」
「それってどういう―」
「透に渡した」
フレイはラズを凝視した。それは必ず自分が一番手で終えると信じていたエンドラウンドゲームに、想定外のカードが提示された時の表情。
「他の物を使用するというなら、そうしろ。だが、ナイフはお前が事実を言わない限り戻らない」
言って、隣をすいっと横切っていく。

…忘れてた。

フレイは、長く頭からすっぽり抜け落ちていた事を思い出した。
この人間、やると決めたら手段を選ばない奴だった。

はあっと大仰に溜息付いて、水溜まりの後を追った。最後の最後にしてやられた。ラズに捨てられるはずがないと、たかをくくっていたバチが当たった。声をかけても、ずぶ濡れの青年は振り返らない。それを見て、再び溜息。今日はなんて天気がいいんだろう。―風船なくしてしまったって、二人が戻ってきたら謝らなきゃ。
「…そっちの手札は一枚も見せないのにね」
そこんとこちゃんと分かってる、と訊ねたかったけれど、ラズの作る水溜まりの点々がどんどん小さくなってしまって、はぐれないように足を速めるのが精一杯だった。