ままごとです。-18-



 帰る場所があるのなら。



 あぁ、久しぶりですね。よくいらっしゃいました。あの子は元気でやっていますか、そうですか、沢山食べてやんちゃをしていると。え、動きすぎて困る?ははは、いいじゃないですか、子供らしくて。
ほら、挨拶しなさい、ガイジンなんて言うんじゃない。この人は日本人だよ。すみません、慣れない人にはこうなんです。二ヶ月ほど前に入設したばかりで、すぐ人の背中に隠れたがる。
こら!髪をいじくり回すなんて失礼だろう。すみません、まったく。手を放して、あっちを手伝ってきてくれるかい。ありがとう。
えぇと、お話を伺いましょうか。そうです、まだ見付からないんです。アパートの契約に使用していた名前が偽名だったというのは、昔お伝えしましたよね。連絡先の電話番号も出鱈目だったと。人のいい大家が同情して住まわせてたんですが、滞納されて逃げられたんでは気の毒というか、非道いの一言に尽きます。光熱費の集金屋が、何度訪ねても留守だと大家に言伝して、初めて異常に気付いたとは、前にお話しましたっけ。郵送物を挟み込むところに、チラシの類がぎゅうぎゅう詰まっていて、何日も手を付けられていない様子でね。集金屋に聞いたところ、支払いはいつもカードじゃなくて現金だったようです。期日もとうに過ぎてるし、固定の電話にも誰も出ない。ともかくどうにかしてくれと頼まれて、子供によくお菓子を与え構っていた大家の老夫婦が、戸口で何度も呼びかけてみた。大丈夫か、ここ開けられるかって。児童虐待とかで、やせ細った子供のミイラみたいなのが部屋から出てくる事件がよくあるでしょう。もしかしてそんな事が自分のとこで起きたんじゃないかって、びくびくしていたみたいです。中から返事があって安心したけれど、二つ三つ何か言った後、死んだように声が途切れてしまったと、大家は言っていましたね。
通報を受けて駆けつけたのは、女性と男性警官が一名ずつでした。それと、同伴した施設の者が二人。当時、付近で子供が実父に木刀で背中をめった打ちにされたっていう事件があって、県警と保護施設がほんの一時期タッグを組んでいました。それも見回り程度で、数ヶ月で解除されましたが。プライバシーの侵害などなんだのと、悪いことしなきゃいいだけの話なのに、住居不法侵入だと騒ぐ馬鹿親にかぎってことさら権利を主張したがる。そのくせ事態が後戻り出来ない最悪の状況になって、近所はやっと『そういえば』なんて口を開くんですから。扉一枚開けばいいだけなのに、たったそれだけの事が出来ないで、彼等は見捨てられる。いえ、力及ばずの状況を周囲のせいにするのはやめましょう。下手に手を出せず躊躇しているのは、私達の方も同じですから。
こちらの緊張を解きほぐすようにあの子は出てきましたけれど、すぐに病院に搬送されました。警察の方に話を伺ったところ、子供の体は衰弱していて、脱水症を起こしていたということです。部屋の中を調べたところ、小銭とレシートのゴミが出てきました。見付かった一週間前に駅前のコンビニで菓子パンを購入していたのが、一番新しい日付でした。現金を幾らか渡して母親は蒸発したと、今はそう結論付けています。
行く当てもなくここに送られたあの子は、しょっちゅう駅へ飛び出していきました。用事がちょっと長引いたから来ないのだと自分に言い聞かせていたのに、時が経つにつれ、今日は雨が降ったから、電車が遅れたからと、関係ないことを口にし始めた。明日は来ると言うあの子に、私はそうだねと返すしかなかった。子供達のために何かしようと思ってここの職員になったのに、いざ彼等の前に立たされると何もできない。いや、しようとしなかったと言うべきですか。彼の望みに光はないと知っていても、事実を突きつけることが私は怖かった。あの子が施設に入ってからそれまでまる一年、母親は一度だって姿を現しませんでした。今だって私は、ほんの子供だったあの子を置いて行方を眩ますような母親など、いない方がいいと思っています。けれどいくら私が彼の母親に憤怒を覚えようと、彼には関係がない。必要か必要でないか、それだけです。そして彼に必要だったのは、アパートの一室から連れ出した何本もの腕よりも、母親の抱擁一つだけだった。…あなたがあの子の手を引いてここへ来た時、正直、あなたにいじめでもされたのかと思ったんですよ。少々手荒に引き離してしまったのも、そのためでした。すみません、脱走したあの子を送り届けてくれたのに。あなたは怪我をしていましたね、腕に思いっきり歯形を付けて。ちょっと見せてもらえますか。あぁ、随分薄くなっている。でも噛み痕が白くなっていますね。本当にすみません。何処に行っていたとは聞くまでもないのですが、とりあえず尋ねると、わんわん声を上げて、廊下を走って行ってしまった。私が追いかけていくと、行き止まりになった角であの子、私に言いました。ママは帰ってこない、知ってるんだって。あぁ分かったのかと思うのと、分かってしまったことで傷付くんじゃないかという怖さ半分。でも、分かって良かったのでしょう。あの子が施設であんな大声を出して泣いたのは、その時だけです。
話は戻りますが―。万が一彼の母親が現れましても、家裁の判断如何では、現在お預かりして頂いている宮里様に、親権が渡されるかも知れません。ですが父親か親戚筋が見付かったなら、相応のお話をして頂かなければなりません。あの子にとっては今の状態が最善だと思えばこそ、それを掻き乱すような真似をするべきではないのですが、法律はそれを許してはくれないのです。例えば相続のためにどうしても養子にしたいという縁者が名乗り出てきたなら、私はその話を無視する訳にはいかない。血筋という枠の中では、あなた方は外の人間です。てんかん持ちで感情の起伏が激しかったあの子をいかに癒そうと、あの子が一人でいるとは知らなかったと言われれば、法は血を重視します。
そら、また見てる。入ってきてもいいよ。あなたの髪の色が珍しいらしい。触らせてあげてもいいですか?喜んでますね、ほんと嬉しそうな顔してる。うん、君の髪とは違うね。こんなのになりたい、だって。まぁ染めればなるけど。僕は黒もいいと思うよ。―期限付きで大事にしてくれと言っているんではないんです。時間なんて、こちらの都合にはいつだってお構いなしだ。




* * *



「ふれいー遅いよー」
跳ねっ返りの髪をした子供が青年の名を呼んだ。頭上の木々はすでに花を降ろし、青々とした葉が絡み目を陣取っている。足下に倒れた薄紅色が名残惜しく震えては、何処へともなく飛んでいく。
「あんまり遠くに行くなよ」
パーカーのポケットに手を入れてゆったりと歩くフレイの隣で、透がくりぼうを呼び止めた。自身もくりぼうのように早歩きするつもりはなく、かといってフレイと歩幅を合わせるには足のコンパスが短く、適度に歩調を変えている。もの凄く燃費の悪い歩き方だ。
「おーおー。張り切ってるなぁ」
天気がいいので、道を散歩しながら帰宅している。日曜日は透も授業がないので、買い物を付き合わされた。
「さき行ってるよー」
何事も先頭がよいものと思いこんでいるくりぼうは、ずんずん一人で進んでしまう。透は坂道の起伏の向こうに頭を隠したり見せたりするのを後方から眺めながら、五月特有の物憂いが風に乗って通り過ぎるのを感じた。桜は好きじゃない。満開になって人を喜ばすくせに、あっさりすぎるくらい早くに散ってしまう。
「透は花粉症かい」
両の眉をさすりながら、フレイは瞼の薄皮を寄せた変な顔をする。行き違う女子高生達がきゃあきゃあいう面してるのに、これじゃひょっとこだ。
「別に」
「頭痛そうな顔してるから、何でかなーって」
「湿気が多いんだ」
「まだ五月だよ」
「もう五月だ」
絹雲がへばり付いた上空は、どことなく眠気をもよおす。どこからか飛んできたヘリコプターがバタバタと音を立てて遠ざかり、機体が見えなくなった空は、元通り気怠い。五月病というのは天気に由来するれっきとした病名らしい。生ぬるくて、歩きながら眠ってしまえるような感じだ。
「なぁ」
特別な事なんて一つもない日。一年三六五日を生きていれば、その四分の三は占めるであろう時間を、人は日常と呼ぶ。
「あいつのてんかん、治ってなかったな」
はしゃいで先へ行こうとする弟分は、香鳴が帰ってから後のことを覚えていなかった。気を失ったようなくりぼうを抱いて入ってきたラズが「頼む」と言ったから、薄々そうなるんじゃないかとは思ったけれど、初めてではない。くりぼうがアパートに連れてこられた時、透は「それ」を目にしている。
あれはどしゃぶりの雨の日だった。外は稲光で大雨洪水注意報。ラズは香鳴の家に用事があり、フレイも伴って家を出ていた。残されたのは透と、詳細もはっきりしない年下のガキ一人。透に話しかけるでもなく、黙々とクレヨンで紙に落書きしている。名刺まで要求しないが、同じ屋根の下に暮らすことになったのだから、一言二言ぐらいあってもいいんじゃないかと内心思いながら、雑誌に目を戻した。アスファルトを打ち付ける雨音だけが、ざあざあうるさい。それからどれだけ経ったか。腹が減った透は小さいのに声をかけた。
「おい」
チビの持ったクレヨンが主線から大きくずれた。丸っこい体がびくんと跳ねて、顔をこちらに向ける。何か買ってくるけどお前もいるか―そう、尋ねたかっただけなのに、透は二の句が継げなかった。自分より胴一つ分小さいその幼児は、青ざめた表情を硬直させていた。猫が人間に出くわした時みたいに身動きせず、真っ黒い瞳に怯えを浮かばせている。
「…何でもねぇよ」
子供から目を外して透は家を出た。鉄筋の階段を降りて傘をさしたが、大粒の冷たい滴相手では道具の用をなさない。ジーンズの膝下が足に張り付くのを気持ち悪く思いながら、頭は他のことで血を上げている。
―なんだあいつ、びくびくしやがって。
自分もそうだが、ラズが連れてくるのは何かしら理由がある者だから、あいつにしたって例外じゃないだろうけど、それにしたって物言わず怯えられっぱなしでは、こちらが悪いことをしている気分になる。
アパート近くのコンビニに入ると、店長が「よう」とピースした。時代を見紛うアフロヘアーで、銀縁の眼鏡をきらりとさせて、店員用の山吹色のジャージを羽織っている。
「今日はホットドックが安いぜ」
透は別にコンビニを好んでいるわけではない。普通のショッピングストアで買おうと思うと、アパートから20分くらい歩かなければならないのだ。自転車は一つ一階の物置に置かせてあるが、タイヤが空気漏れで使えない。つまり無いのといっしょ。今日みたいな天気の日は、近場で済まそうと思うとここが利用しやすいのだ。
「ふうん、じゃあそれ二つ。あと飲み物買ってくるから」
元路上ギタリストだという店長は「了解ー」と、戯けて敬礼した。
誰かと顔なじみになるのを避けてきた透に遠慮なく喋りかけるこの男は、ラズとフレイのことも知っていた。この辺りで外人なんて、あいつらしかいないからな、と言って笑ったのを思い出す。だから、外人なのは半分だけだって。
「なんでえ、数が半端だな」
保温機からホットドックを取り出して、男は包みに入れた。
「上の二人は出てるから」
「それじゃお前が二つ食うのかい」
「違う、一人増えた」
これが面識の少ない近所の住人だったら、透はさっさと無視しただろう。それでなくても、風貌の目立つ青年二人と、どう見たって血の繋がらない子供の同居は話の種にされやすいのだから。
コーラのボトルをカウンターに置いて、会計をする。店長は「へえ」と言っただけだった。
「まぁ、うまくやんな」
そうしたいとこだけど。他人との境界線をはっきりさせる性格の透は、曖昧に頷いて店を出た。傘をさそうとして、額にぼちゃりと水が跳ねた。
「冷たっ」
よく見てみると、肩から肘にかけて両方ともが濡れている。シャツ一枚の適当な身なりで来たが、冷えた空気に歯の根が鳴りそうだった。
早く戻ろう。そう思ったのは風邪を引くかもしれない自分の身を懸念したためで、家にいるあの少年を気にしたのではなかった。
ホットドック温めなおさなきゃな。濡れないよう胸の辺りに死守して歩く。
―何の因果か、転がり込ませてもらった二階の一室。当時は腹の虫を抑えきれず、どうにでもなれと正体区分不明の金髪についてきたが、青年は独りで住んでいたのではなく、部屋にはもう一人男がいた。「ほよ」と金髪に目配せした顔が間抜けで、やっぱりよそうかと踵を返しかけたが、「ご飯食べてく?」の一言に負けた。他に行く当てもなく泊まり込んでいるうちに、室内の間取りもだんだん分かってきた。和室の八畳間と、普段は物置にされている続きの小部屋。台所も六畳分のスペースがある。トイレとバスタブは一応ついてはいるが、歩いて五分の所の銭湯を利用する事が多い。新婚家庭が家宅を構えるまでの間に合わせにこれ最適と、近くに持ち家のある大家はこのアパートを建てたらしいが、駅を囲むように高層建てマンションが乱立し始めてからは、閑古鳥が鳴くようになったという。どうせ六室しかないし潰れる時は潰れるのだと、当の大家はのんきにしている。青年二人の住む一室以外では、知っている限り二つのネームプレートが書き込まれている。学生らしき風貌の男と、大家と同年代くらいの夫婦を時々見かけるのを除いて、他に住人がいるのかはよく知らない。
帰り道を歩きながら透は考えた。確かに無理ではないにしても、あのチビが居座るとなれば寿司詰めは避けられない。今でさえ八畳間は布団を三つも並べれば、テーブルを合わせていっぱいいっぱいだ。だが、主が連れてきた人間を追い出す権利を持たない以上、透に出来るのは、どうしたら四人があそこで寝られるかを頭の中でシミュレーションするぐらいである。そうだ、この際あの邪魔くさいテーブルを縦にひっくり返してしまえば、面積をもっと広く取られる。布団は最悪俺とチビで共有すれば三つで済む。まぁ、フレイに押しつけたっていいけどな。ラズはでかいから無理だろう。
攻略に脳をフル回転させているうちに、見慣れた家屋に挟まれた道に来た。真中に何かが突っ立っている。何やら赤っぽい感じだが、いくらなんでも郵便ポストではないだろう。何だろうと目を凝らして、透は声を上げた。
「おまっ…!傘はどうした!!」
透に背を向けていたそれは、家で落書きしていた子供だった。赤いと思ったのは子供が着ていた洋服で、それも水をたっぷりと吸い込んでいる。ハンカチなどではもう処置の施しようがない。透が駆け寄って正面に回ると、その顔は白く冷めており、がくがくと肩を震わせている。透は手を引いて走り、アパートの部屋に飛び込んだ。
「阿呆かお前!」
タンスを漁って適当に自分の服を引きずり出し、子供にバスタオルを頭から被せて髪を拭くと、バストイレに連れて行って着替えと一緒に放り込んだ。自分は浴槽でシャワーを捻り、熱い湯を出す。
「雨ん中傘ささずに歩いたら、こうなるくらい分かるだろうがっ。ほらっ、脱げって」
なんだって母親みたいな真似しなきゃならないんだと、今度は本当に怒りたい衝動に駆られたが、無視したらフレイにどやされる。聖ナントカみたいな顔してるくせに、あいつはやるときゃやる奴だ。子供が動こうとしないので、透は苛立って肩を掴んだ。
「お前なぁ、」
「―や」
「あ?」
上向きになった子供の目が、初めて透を見た。
「一人は、いやだ」
おどおどした雰囲気は抜けていない。だが、先ほどは見なかったものが目から流れている。透が息を呑んだ拍子、子供の体がくらりと傾いた。


*  *  *

「ラズが戻ってきたからよかったけど、俺マジびびったんだぜ」
「死ぬ死ぬ騒いでたもんね、透」
フレイは軽く言って笑うが、透にとっては大事だった。はあーっと空を仰いで、両腕を首の後ろに回す。あの時も、目を覚ましたくりぼうは何も覚えてなかった。透が買ってきたホットドックにかぶりついて、何だか今日は寒いやなどとほざいた。不審に思ってラズに尋ねたところ、後天性の記憶疾患で、ある一定の状況下に置かれると無意識に発動するのだという。母親に捨てられたという彼にとって、その状況とはただ一人になることをいう。知らなかったとはいえ、まずいことをしたと自己嫌悪しつつ、お前等も一言いっといてくれればいいのにと恨み辛みを放ったところで時遅し。出掛けるとは思ってなかった、すまん、と謝られたら強くは出られない。
「落ち着いたと思ってたんだけどね」
目を細めてフレイは言う。子供が親に対して持つ依存。それ自体は罪ではない。むしろ彼等が自然な自立をするために、必要最低限度の条件だ。ライオンは我が子を千尋の谷に突き落とすと言うが、年端もいかぬ幼児を理由なく突き落とす行為は、獅子の愛情とは違う。何よりくりぼうは人間だ。何処の誰が例えたか分からない諺を、内容を吟味せず万事に適用させようとするのは、馬鹿のすることだ。
しかし、と透は思う。
母親と同様、くりぼうはラズがいなくなることを恐れている。そして信じているのだ。彼はずっと自分の傍にいる、母親のようには置いていかないと。それが透を不安にさせる。責任感の強いラズのことだ。いきなりということはないだろう。だが、可能性を全否定出来るほど、透はラズの状況を甘く見てはいない。時折思い出したように投函口に挟まれている封筒は、ラズとフレイに寄越される物だ。盗み見ずとも、内容はおおよそ検討がつく。彼等は何も言わないが、時は分刻みで決断を迫っている。二人にここを選べというのは間違いだ。そんなのは馴れ合いでしかないと理性は承知している。だが、ここに住み続けてくれるのを期待しているのもまた否定できない。
なぁラズ。お前、勝手に行きやしないよな。くりぼうなんて我が侭で俺の言うこと聞きゃしないんだから、お前がいないと困るんだ。

―だって、もし始めから終わりを見ていたんだったら。

―俺達一緒に暮らす必要なかっただろう?

約束をもらったわけではない。けれど今日はいつもと同じ日だ。ぬるま湯に浸かったような天気は明日も続くと、ニュースはそう言ってた。そうして季節の変わり目に多少ウンザリしながら、来年を迎えるのだ。
「あ、そういえば」
思い出したようにフレイが言った。
「これから半年ほど、家行ったり来たりするから」
「仕事―?今度は長いのな」
「うん、今んとこはちょこちょこ日帰りするつもりだけど、納期前は泊まり込みだと思う。話は前から来てたんだけど、あんまり気乗りしなくてね。決まったのはここ最近」
心変わりはどういう訳か。バイトを出来る歳ではない身としては何だか申し訳なくなってくるが、フレイ曰く、
「何言ってんの。透には家出てる間、家事とかくりぼうの面倒見てもらうし、あの年から年中ぼうっとしている金の象に食事させるのも役目だよ」
ピンクでないだけマシだったな、ラズ。
「とおるーーっ」
くりぼうが息を切らして舞い戻ってくる。
「あっちで神社祭りしてる!ガバレンジャーのお面欲しい!」
ちらりとフレイを見上げて、透はくりぼうの方へ目を馳せた。緩い風は冬のように身を切り裂きはせず、夏のように息苦しくもない。足下がおぼつかない空気に、少し胸が騒いだだけ。振り切るように、透は勢いよく走り出した。