ままごとです。 -1-

 私の子、愛しい子。他の誰が愛しても、私には及ばない。


 雪が降る。幻を呼び寄せるような濁った白を見上げ、自分の国もそうだったかと思い出す。きらびやかに飾られたツリーは確かにかわいいけれど、ビニール質の枝先は、今ひとつ風情が落ちる気がする。木が欲しいと言ったのは、『次男』のくりぼうだった。自分の家はそうだったと、あの子は一生懸命説明したけれど、二つ年上の透が「この国じゃその儀式はセールスに貢献するだけで、全く意味のないことだ」と一蹴してしまった。宗教がどうのというより、生活費を気にしているのだろう。まがりなりにも『長男』なのだからもっと色々言ってもいいのに、とは家計を預かるフレイの言葉である。青い目のこの男、人のお金を使うのに異存はないらしい。懐の箱から一本だし、口に挟み込む。主は責任を持てと厳重注意されてから、火は付けないようにしている。
 カラー色の豆電球が、今しがた出てきたデパートの壁でサンタクロースの輪郭を作って光っている。子供の頃に一度だけ、それと同じ格好をした近所の人に包みを貰った。中身は何だっただろう。
「ラズ」
人混みをうまくくぐり抜けて、一際目立つ目の色が現れた。その後ろを買い物袋を肩にした少年が、やれやれといった調子で歩いてくる。や、と手を挙げたが、背の高い方はどうやら怒っているらしい。
「勝手に一人で歩かないでよね。ほら、これ持って」
ずしりと、右手に重力がのしかかった。くわえ煙草を残った手で引き出して、一体何買ったんだと聞いた。
「えー、だってクリスマスだよ?七面鳥とまでいかなくてもさ、鳥の脚くらい欲しいじゃない。あとサラダとか。日本は正月前後も店開いてるところ多いけど、また出てくるのめんどうだし買い置きしとこうかと思って」
「ラズ…、フレイはもう少し画家やってた頃の情緒を思い出すべきだ。目に付く試食片っ端から食べまくって、俺ちょっと引いた」
あぁ〜と頭を抱え込む仕草からみて、相当つき合わせられたのだろう。途中ではぐれて正解だったと、一人胸を撫で下ろした。
「くりぼうは?」
甘え盛りの下の子が、まだいなかった。
「ああ、あいつ何か戦隊もののショーがやってて、熱中してかたまってたからそのまま」
「そのままって、置いてきたのかお前」
「うん」
けろりと頷くものだから、ため息しか出ない。口を開くのはフレイの方が早かった。
「誘拐される前に連れてきなさい」
めんどくさげに、透はまたデパートの出入り口に戻っていった。

 壁に寄りかかって袋を地面に下ろそうとしたが、フレイに制された。「暖かいものが入っているからだめ」らしい。仕方がないので両腕に抱え直したら、焼き上がりのいい匂いがした。少しばかり袋に顔を近づけたままでいると、フレイが笑った。
「来てよかったでしょう」
「買ってだめとは言ってない」
「違う、君が」
彼の髪は薄い茶色をしている。白すぎる頬は彼の国の血を半分表すもので、この季節に限ったことではない。よっこらしょとわざわざ口に出すあたり、かなり中年主婦化しているように思う。
隣に座り込んだフレイの声が、下から聞こえた。
「今月は叔父さんが多めに入れといてくれてたんだ。あの人も葉書くらい寄越せばいいのに」
「何か言ってたか」
少しの間の後に、息を付く音がした。
「来年は姉の所に戻るって」
「―」
忘れていた物が頭に浮かんだ。サンタクロースに貰った包み。リボンも掛けられていない、新聞紙に丸めただけの贈り物。何故それが嬉しかったのか、簡単な答えがたやすく見つかる。

私の子、愛しい子。他の誰が愛しても、私には及ばない。

唐突に、体に強い衝撃を覚えた。押せば転がりそうな、丸みのある体が正面にあった。
「ラズ!凄いんだよ」
興奮した表情で、目を輝かせて。
「どうだったの、くりぼう」
「えとね、お面つけたガバレンジャーがしゅっと一回転して、悪いのをがっと倒しちゃったの」
「『お面』じゃねえ、『仮面』ていうんだ」
透の言葉そっちのけでとうっと突き出したくりぼうの拳が、透の腹にヒットした。
「あ」
「…てめえ」
不気味な笑みが透の顔に滲みだすのを見て、年少の子供はささっと自分の背中に隠れようしている。こういうところは、数年前とあまり変わってない。まあまあと言って、フレイが宥めに入るのも。
「用事も済んだし、帰ろうよ」
くりぼうが、自分の手を掴んで引っ張った。
「ラズ、まだいっぱい話すことあるんだよ」
肩にはツリー。フレイの両手には買い物袋。透はケーキの入った箱を掌に乗せている。
「そうだな」
同じ曲が繰り返し、どこからともなく流れている。かの人が好きだった歌だ。歩き出してからも、それは耳に追いついてくる。

『―をうちくだいて、とりこをはなつと、主はきませり』